Ohanashi

面白い話などを載せています。

 

<インフォメーション😄📣️>

 

この夏どう過ごす🍋!?┏(<:)ニコッ

 

【面白い話】マイナス26度のポーランド西部をヒッチハイクした話

お笑いブログ1位目指して奮闘中!! 2位じゃダメなんです( ノД`)シクシク… ポッチっとボタンを押してくれると喜びます♪

 

 
にほんブログ村 お笑いブログへ
にほんブログ村

f:id:mycanvas:20200604112748j:plain

※画像フリー素材PAKUTASO

 

クールバくん さん からの投稿

 

【面白い話】マイナス26度のポーランド西部をヒッチハイクした話

 

「クールバおじさん」

 

あれは私がまだ、24歳の時でした。

私は当時フランスのマルセイユに美術留学していました。

夏や冬になると、メラメラっと旅行に行きたくなる旅心にくすぶられてフラッと旅に出るのが常でした。

そして、私はその2005年の冬は、マルセイユからドイツ、ポーランドへと向かいました。

そのころまでに、私は日本、ヨーロッパ合わせて6000台から8000台程ヒッチハイクをした経験を積んでいたので、別に冬の寒さなど全く怖くありませんでした。

ただし、ドイツのベルリン辺りに来ると、そうも言ってられなくなりました。

ただし、ドイツは自動車産業の国です、皆さん自慢の「フォルクスワーゲン」なり、「メルセデス」なりで最高時速制限のないアウトバーン(高速道路)をビュンビュン飛ばしてくれ、あっという間にドイツとポーランドの国境のグベンという地にやってきました。

私は、国境から20分ほど歩いて、また車通りのある場所で立って、車に親指を立てて「いいね」マークを送っては、ヒッチハイク体制に入っていました。

ただし、時間が午後9時を回っていました。気温はマイナス26度!

歩かないと、体を動かさないと死ぬレベルとはこのことです。

私は、雪の上を歩きながら、車が来れば手を振ることを繰り返していました。

すると、一台のトラックが停まってくれました!「兄ちゃんどこ行くんだい、クールバ!」と40代ぐらいのトラックの運ちゃんが声をかけてきました。

「おまえ、こんなところで歩いていると、凍死するぞ、クールバ」と叫んでいました。

私は、クールバという言葉が何なのか、わからなかったのですが、とにかく、トラックに乗り込みました。

運ちゃんは気は荒いが、熱いハートを持った感じの優しいで、私に夕食の食堂に連れて行って、ポーランドの「豚の腸つめスープ・フラーキ」をご馳走してくれました。

その味が、またうまいことと言ったら、なかったです。

「兄ちゃん、どこまで行くんだ、クールバ」とクールバおじさんは、聞いてきました。

私は、とりあえず、ワルシャワまで行きたいと言いました。「そうかい、ワルシャワは遠いぞ、クールバ」と腸詰スープをすすりながら、私達は話していました。

とにかく私は、マイナス26度から救われたのです。

そして、その日クールバおじさんにスウープスクという西北の街まで連れて行ってもらい、私はそこのガソリンスタンドの食堂で眠りました。

「がんばれよ、にーちゃん、クールバ」とおじさんは私を励ましてくれて、去っていきました。

私は、そこから、ウスツカ、グダンスク、トルン、ワルシャワを経由して、目的地の友人の家まで約1500キロ程ヒッチハイクをしました。

 私は、おいしい「豚の腸詰めスープ」をごちそうしてくれた、クールバおじさんから教わった「クールバ」という単語を、自分の言葉の後ろにつけるように心がけたのです。

そうすると、クールバおじさんのやさしさが私の言葉に力を与えてくれたからです。

私は、道路上では、「こんにちは、クールバ!ワルシャワまで行ってください、クールバ!」と人々に声をかけ、乗せてくれた人には、「サンキュー、クールバ!」と感謝を伝えました。

やがて、私は、1500キロの旅を乗り越え、ワルシャワの「ヤドリガ」親子と再会しました!

「おお、ヤドリガ、クールバ!元気だったか、クールバ!」と家族4人と抱擁しました!そして、友人ヤドリガは私にこう言いました。

「クールバは『くそったれ』という意味だよ」と!

私は、「クールバ!」と強く叫びました。